カーフキックで考える「あなたの部下がなぜ『できない』のか」

きちんと説明した。ちゃんと教えた。なのになぜアイツはできないんだ?部下や後輩、同僚にそう苛立つことはないだろうか。
私はたまたま会社の中でも厳しいとされる部門にいて、その手の苛立ち・嘆息・ご指導を上司や先輩からまるで滝行のように浴びさせられる若手時代を過ごした。愛のムチと言えば聞こえはいいが、そのせいで私の前後10年の年次で先輩後輩がいなくなったのだから笑えない。
しかしその滝行の中でも私はずっと「仕事ができる・できないの前に、上司と話が噛み合っていないんだが」と感じていて、それが後のMBA進学や研究課題に繋がっていった。
そもそも私は十代の頃、学校で劣等生ポジションにいたり、道場で子供を指導する立場だったりした経験から「できない人をできるようにする」ことに元来興味があった。
そうした体験や経験が混ぜ合わさり、お陰様で今ではこの手の問題には自分なりに整理がついている。
今回はひとつ、思いついた例を使って考えをまとめてみたいと思う。

「カーフキック」できますか?

質問。
「あなたはカーフキックをできますか?
 2018年くらいから流行し始めたやつ。ありますよね。
 あれ、できますか?」

何のこっちゃと思われたかも知れないが、今回の話のスタートはここだ。
まずはあなたの実情に沿って、この問いかけに対する答えを考えてみて欲しい。

回答パターンX:「はい、できます」

1つ目の回答パターンは、できます、つまりYESと答えるもの。
いきなりで申し訳ないがこのパターンの人は今回その声を飲み込んで読み進めて欲しい。
この記事は「できない」人をどう教育するかというものなので…。
そしてこんなマニアックな技ができてこの記事を読んでいる人は、この先の話にも納得ができると思う。

回答パターンA:「か、かーふきっく…?なんですかそれ?」

気を取り直して。
カーフキックが何なのか知らない。これを読んでいる多くの人がこれに該当するのではないだろうか。
知らないからできない。できるも何もない。わからない。これがパターンAだ。

少し掘り下げると、ここには「知らないことは調べない」という原則が働いている。
カーフキックを知りもしなければ、それが何かを調べることはできない。無論やり方も調べられない。努力やセンスの問題ではなく、不可能なのだ。
従って、パターンAの人にいる人が自力で正解まで到達することは、まず無理だと思っていい。

回答パターンB:「蹴り方を知らないので、できません」

ではここでカーフキックが何なのかだけ説明を加えたい。
カーフキック(Calf Kick)とは格闘技の技の1つで、ふくらはぎを狙う蹴りのことを言う。主に相手のフットワークを殺すために用いる。
同じ目的では太ももを蹴るローキックが一般的だが、太ももより筋肉が少なくダメージ蓄積が早いふくらはぎを狙うことで、効率的にフットワークを殺そうという主旨の技だ。

さぁこれでカーフキックが何かはわかった。
じゃあ、カーフキック、もうできますね?

ところが多くの人はまだ「できない」と言うはずだ。なぜなのか。
多くの人がこう主張するだろう。「蹴り方を知らないからできません」。
これがパターンBだ。
要するに、その行為を知ってはいるが技術的にできない、ということだ。
「やったことないからできません」「あまり練習したことがないからできません」も同義と言える。

パターンBはパターンAよもり状況はシンプルだ。
目指すべき形はわかっているので、技術の習得に励めばいい。
この角度で、どこの部位を、どのくらいの速さで当てて…といった具合にトレーニングをすればいい。

回答パターンC:「気が進まないので、できません」

ところがそれでもカーフキックは全ての格闘技選手ができるわけではない。
カーフキックが何かもわかっているし、技術も習得していても、できない。それがパターンCの「心理的に気が進まないのでやりたくない」だ。
なんだそれ?と思われるかも知れないが、「実戦(試合)では」という枕詞が付くとピンとくるのではないだろうか。

「以前実戦で試してみたらドンピシャでカウンターを喰らってしまったので、自分に合わない気がしている」
「自分が得意としている間合いや技術とは相性が悪いと思う」
「(試合だとして)今回の対戦相手を崩すのに有効とは思えない」
こういった考えから、自分にはできないと判断してしまうのだ。

このように言うと自身の能力を過小評価している状態を想像しがちだが、自分の意思で不要と判断している場合も含まれている(むしろこちらの方が多い)、と考えて欲しい。

「できない」には「知識」「スキル」「マインド」の3要因がある

ここまでで何が言いたかったかと言うと、「できない」という状態には3パターンの要因があるということだ。
パターンが違うということは、その根底にある問題も違う。

  • パターンA:知らないからできない → 知識の問題
  • パターンB:技術的にできない → スキルの問題
  • パターンC:やる気が無い、不要と思っている → マインドの問題

そして冒頭の話に戻る。なぜちゃんと教えているのにいつまでもできないままの人がいるのか。
答えは簡単だ。「できない」ことの原因のパターンと、それに対する教え方のパターンが、食い違っているからだ。

先程のカーフキックの例を使うとこういうことだ。;

  • カーフキック自体を知らないのに、カーフキックがいかに有効かを説かれる(A⇔C)。
  • カーフキックを打つ身体の動かし方を知りたいのに、カーフキックとは何かを語られる(B⇔A)。
  • カーフキックを使わない自分なりの理由があるのに、威力のあるカーフキックの打ち方を教えられる(C⇔B)。

これでは受け手の問題は解消されないので、教える側の熱量もむなしく事態は進展しない。結果、受け手はいつまでたっても「できない」ままになってしまう。

なにも格闘技に限らない。むしろ仕事の現場の方がこういったことが多く起きているのではないか。

  • 作業の存在自体を知らなかったのに「周囲を見てよく考えていないからできないのだ」と怒られる(A⇔C)。
  • その作業の意味を知りたいのに「従前の通りやれば問題は起きないから」とマニュアルを渡される(C⇔B)。
  • 作業のやり方を知りたいのに、作業の結果がどう役に立つかを説明される(B⇔C)。

なぜわざわざ分類せねばならないのか

ここまでで述べた「できない要因を分類する」という考え方はなぜ一般的でないのだろうか。なぜ着目されずにきているのだろうか。少し考えたい。

考えられる原因の1つは、そんな分類をしなくても育ってきた人が今までいたことだ。
パターンが食い違うアドバイスを受けたとしても、受け手によってはそこから自分の問題に役立つように読み替えることができる。“咀嚼”と言えばわかりやすいだろうか。
しかしこの咀嚼ができるのは能力が高い受け手に限られる。大半の人はうまく出来なかったり、そもそも咀嚼するという発想がないので丸呑みして消化不良を起こすのが普通だ。
だが事実として少数の優秀者は咀嚼ができ、思惑通りに育つ。そのため教える側は往々にして「俺の言うことはうまく咀嚼すればわかる。その咀嚼は受け手の仕事」と割り切る立場をとる。結果、できない要因を深掘りするという逆ベクトルの考え方は劣後とされてきた。というわけだ。

もう1つの原因として、「考えさせる」を重視しがちな日本の価値観の影響も考えられる。
確かに世の中には自分の疑問に直接答える情報を得られないことも多い。そのためか日本では「自力で解決策を模索できるようになれ」という教育的な意図のもと、あえて断片的なアドバイスをして考えさせるケースがままあるように思う。
何にでも「道」としての価値を見出したがる日本人の性、とも言えるかもしれない。

だがこれらはいずれも、今の日本で最適解となることは少ないように思う。理由は単純で、今の日本は人口が減少傾向にあり、人材の取り合いになっているからだ。
咀嚼を受け手に求めることや「考えさせる」ことは、学習として難易度が高い。よって脱落者が出る可能性が上がる。しかしここで「多くの候補者の中から優秀な人材を選抜する」という思想や仕組みをとれば、それでも思惑通りに育った人材を得られる。その後ろには大量の屍があるのだが、とにかく人材獲得はできる。人口も業績も右肩上がりの時はこの考え方が合理的だ。それこそ高度経済成長期のように。
だが今はそうではない。これから人口が減少するのは明白だし、優秀な人材の流出機会も増えている。環境が変わったのだ。現代日本の企業や組織は「多くの候補から優秀者を選抜する」から「どんな人材でも速やかに一定レベルまで到達させる」へと考え方をシフトチェンジせねばならない。だからわざわざ「できない」をパターン化して分析するという手間をかけて、人材の収率を上げることが必要なのだ。

どうすれば「できる」ようになるのか

冒頭の問に再び戻りたい。きちんと説明しているはずなのにいつまで経ってもできない。そんな人をどうやって「できる」ようにするのか。
その答えは、実はここまででもう半分くらい出ている。

まず最初は「要因に3パターンあることを認識する」である。
この記事を読むまで、そもそもパターンがあること自体考えたこともなかった人が大半ではないだろうか。
3パターンあることを認識することで、見える景色が変わる。これを感じて欲しい。「なんでこいつはできないんだ?」から「こいつ、どれだ?」になるはずだ。

次は「パターンに分類する」だ。
具体的なアクションとしてはその人との会話や言動観察を通じて情報を集めて「これかな?」と推定していくことになるのだが、これは頭を使う。「できない」人にもプライドがあるので、知識がなかったとか能力が低いからとかいうイケテナイ情報を自らストレートに吐露することはないからだ。よってここは教える側が読み取らねばならない。複合の場合もあるので注意。
「そこまでしてやらないといけないの?」という声が聞こえてきそうだが、そうだ。そこまでしてやるのだ。こういうアプローチが現代の日本で求られていることを、改めて思い出して欲しい。

そして「パターンに合わせたアドバイスをする」。
パターンが食い違っている例について既述したが、意識しないと往々にしてこうなってしまう。そこを意識的に合わせにいくのだ。
作業自体を知らないならその存在から教える。技術がたりず足を引っ張っているなら補填するスキルを教える。やる気になってくれないなら価値観や判断基準を紐解く。
いずれも、受け手の問題がどのパターンなのかが明瞭なほど、適切なアドバイスが自然と出てくるはずだ。

最後に注意。「教える側は問題を『マインド』に求めがちなので気を付けろ」。
「できる」ようになっている人は知識・スキル・マインドを既に兼ね備えている。だがそのうち知識とスキルはゴールが明確なので、習得者にとってはどんどん新鮮味が失われていく。逆にマインドは人や状況によって変わるので、追求しても色あせない。そのためいざアドバイスする段になると、教える側は往々にしてマインドを中心に話しがちなのだ。咀嚼や「考えさせる」を好む人だとなおさらこの傾向が強くなる。
知識・スキル・マインドの3つには順序も序列もなく対等だ。だから意識的に「問題は知識では?スキルでは?」と問いを巡らせるくらいでちょうどいい。

例えばあなたが以前頼んだ仕事を部下がやっておらず、なぜまだなのか?と訊いた答えが「すみません、失念していました」だったとしよう。
こういう時に「たるんでいるんじゃないのか、気合い入れなおせ」とか言って奮起を促すのがありがちな展開だが、これがダメなやつだ。マインド因だと決めつけているからだ。
部下は「失念していた」という事実こそ述べたが、背景は不明ではないか。もしかしたら、その仕事はさっさとやるべきものだと知らなったのかもしれない。或いは仕事を捌く能力がまだ低いために、パソコンのように処理が“重く”なっているのかもしれない。もしそういことなのだとしたら、気合入れろとムチを入れても効果は知れている。
パンクして走れない車にいくらガソリンを注ぎ込んでも動かない。

終)石とダイヤとカーフキック

以上が私が行きついた「できない人をできるようにする」方法だ。
なにぶん経験則に基づくものなので客観性に欠けるのは否めないが、効果のある考え方であることは自負したい。
私の目から見れば、できない理由と助言とが食い違っているせいで行き詰っている人は本当にたくさんいる。そしてその多くは、教える側が合わせに行くことで本当に素早く解消する。
これを読んでいる人が今後「できない」人に出会った時、この記事のことを思い出してくれたらうれしい。こいつホントつかえねーなと思ったら、カーフキックだ。

最後に、武道家でありながら人材の教育や育成に熱心だったとされる少林寺拳法の開祖・宗道臣の言葉を紹介して終わりにしたい。

「世の中にダイヤの原石は少ない。
 だが、磨けばなんとかなる石は案外多い」


次回は5月30日頃
テーマは「格闘家のYouTube進出から見る『イノベーションの新結合』」
のアップを予定しています。

尿比重測定に見るしたたかなツーサイドプラットフォーム戦略【ONE FC】

シンガポールに拠点を置く総合格闘技プロモーション、ONE FC。発足当初はその明らかにUFCを意識した名前や粗削りな試合内容から烏合の衆のように扱われていたが、今やUFCと選手をトレードをするなど、業界トップのUFCへの立派な対抗馬として成長した。
そのONEが実は独特の階級制度を設けているのはあまり知られていない。単に体重の区切りが違うのではない。独特の計量方法を採用しているため、階級呼称に対して体重が全体的に“上振れ”している。
なぜこんなやこしいことをしているのか。今回はその戦略的意図を考察していきたい。

ONEの階級制

格闘技興行には階級がある。これは体重が重い方が必ず有利という格闘技の性質上、一定の区切りを設けないと競技として成立しないためだ。
階級の区分と呼称は各プロモーションの任意なので、その設定は戦略的な側面も持つ。例えば隆盛を誇ったPRIDEでは-73kg/-83kg/-93kg/無差別という階級が敷かれていたが、これは当時珍しい体重区分であり、選手の移動を制限する障壁(PRIDEに出る選手は外部に流出しづらい、外部からPRIDEに来る選手は対応しづらい)になっていた。
ところがONEの階級制はその中でも奇抜だ。PRIDEから時は流れて現代の総合格闘技業界では北米の階級区分が業界基準になっていることを鑑みると余計にONEは“ズレて”いる。下表を見てもらえれば全体的に“上振れ”していることがわかると思う。

ONE独特の計量:尿比重測定

ONEの階級が上振れしているのは「水抜き」と呼ばれる減量手法を禁止していることへの調整だとされている。

水抜きとは格闘技選手が計量をクリアするために一時的に体重を落とす手法で、サウナや半身浴で体内の水分を強制的に体外に出す行為を指す。計量クリア(主に試合前日)後に水分をとれば体重が戻るので、計量を通過した後に想定通り体重を戻せれば、計量時点よりもかなり重い体重(=有利)で試合に臨める。総合格闘技に限らずボクシングやキックボクシングなどでも一般的な手法である。
しかしこの手法は要するに自ら脱水症状を引き起こす行為に外ならず、健康には全くよくない。やりすぎて倒れたり、回復がうまくいかず病院に搬送されたりといった事故も少なくない。今や一般的な手法になってしまったために皆がやっているが、出来ることならやりたくないというのが選手の本音だ。
そしてこの水抜きへの抑止力としてONEが導入しているのが尿比重測定である。

尿比重測定の思想は簡単だ。水抜きをした選手は尿が濃くなる=比重が重くなる。だから尿比重に一定の基準を設ける。ONEでは体重とセットで尿比重を規定値以下にしなければならず、体重はクリアしても尿比重が超過すれば計量失敗と見なされる。
尿比重は(少なくとも今は)制御法が無いので、クリアのために選手は極力ナチュラルな状態で計量を迎えることになる。結果、尿比重検査があることで選手は過度な減量を敬遠できる、というわけだ。

冒頭に述べた「水抜き禁止への調整」とは、 ONEの階級呼称が、水抜きで体重を作る選手の当日の体重(=リカバリ後の体重)を想定して設定されている、という意味である。

尿比重測定のリスク

既述のように選手はできることなら減量はしたくない。健康に悪い(というか危険)からだ。それでもこの手法をこれまで排除できなかったのは、世界中のほぼ全ての選手が計量後の体重リカバリを念頭に置いて階級を選択するため、自分もそうしないと同等条件の相手と戦えないからだ。
そう考えると尿比重測定は、 全選手に平等にナチュラルシェイプでの計量を促すという点で秀逸だ。自分がナチュラルシェイプでも相手だけが水抜き→リカバリしてくると体格ハンデを負う、という問題が解消されているため、選手も同意しやすい。 なかなかの妙案と言える。

だが一方で興行の観点から考えるとこの尿比重測定はリスクが大きい。
まず尿比重もセットでクリアせねばならないということは、もし選手が計量に失敗した場合、 試合不成立(=試合をしない。最も観客が落胆する)の可能性を高めてしまう。普通は計量に失敗すると、一定時間を与えられ、その間に動いて汗をかくことで追加の水抜きをして体重を作るのだが、尿比重に規定があるとその手が封じられ、ほぼ打つ手がなくなるからだ。
また主流に反した規定であるため選手の新規参入を妨げる。水抜きをうまく活用している選手も世には多くいるわけで、そんな選手にとってはこの規定はリスクでしかない。
更には単純に費用もかかるだろう。曲がりなりにも医療機関に、しかも特注で出すのだろうから、その費用を安く見積もることはできない。

ONEは何故それほどのリスクをとってまでこの尿比重測定を導入しているのだろうか。「選手の安全(健康)を優先する」…確かに正論だが、それだけでここまでのリスクをとる殊勝な話だろうか。ボランティア団体じゃあるまいし。

ここで思い当たるのが「ツーサイドプラットフォーム」である。

ツーサイドプラットフォームとは

ツーサイドプラットフォームとはビジネスモデルの1つで、2つの異なる集団を繋ぐビジネスをする事業者が、意図的に片方の集団を優遇し数を増やすことで反対側の集団に対する価値を高め、プラットフォーム全体の価値を増幅していくものを指す。
文章で表現すると堅苦しいが、実はこれは「お見合いバー」を例にとるとわかりやすかったりする。

お見合いバーの仕組みは大体こうなっている。;
・女性は無料ないし割安でバーを利用できる。
・男性は割高な料金でバーを利用する。
・店は男女の出会いを促進するような運営をする(席替え、マッチング、個人情報管理など)
この不公平なシステムがなぜ成り立つのか。ポイントは女性に対する「無料ないし割安」という優遇措置が価値の増幅の足場になっていることだ。
女性を優遇することでまず女性がバーに集まる。女性が集まるということは男性からすれば素敵な女性と出会える確率が高まる。よって男性は割高でも料金を払う。男性が増えてくれば女性はますます店に行く。そして割高を承知で行く男性も増える。…といった具合で価値の増幅を図るのがツーサイドプラットフォームである。
もし仮にこの店が男女の料金を平等にしていたとしたらどうだろうか。来店動機に訴えるのは料理などストレートな方法になり、集客効果の増幅は期待できない。どちらがお見合いバーとして流行るかは自明だろう。

蛇足。いかにも簡単に見えるツーサイドプラットフォームモデルにも注意しなければならない落とし穴がいくつかある。その1つが「優遇サイドの設定」である。
優遇するサイドはどちらでも良いわけではない。集客の起点になるサイドをどちらにするか、見極めた上で優遇しなければならない。逆に言えば「金をとるべきサイドを優遇してはならない」ということになる。失敗するツーサイドプラットフォームビジネスはこの選択をミスしていることが多い。

ONEが描くツーサイドプラットフォーム

ONEが導入している尿比重測定。そこには選手の安全優先の思想があり、選手にとってもそれはWelcomeだった。
ということは、尿比重測定導入の本質は「選手を優遇すること」なのではないだろうか。確かに金銭的な優遇ではないが、裸一貫で稼ぐ格闘家にとって「身体のダメージを減らせる」は立派に優遇なのではないか。これが今回の話の足場になる。

もしONEが自身のことをツーサイドプラットフォーマーと捉えていたと仮定したら、その眼に見える逆サイドの集団は「観客」である。
ならば選手を優遇することによって観客の価値は上がるだろうか。答えはYesだ。「出場選手層が厚い」ことは観客にとって価値であり、プロモーションそのものの価値を高めることになる。
従ってここに「ONEが尿比重測定を導入しているのはツーサイドプラットフォームを構築したいから」という推論が立つ。

私が推測する、ONEが描くツーサイドプラットフォーム像はこうだ。
まず独特の軽量方法である尿比重測定を頑として採用することで、選手に対し低リスクで試合ができると優遇する。それを目指して選手が徐々に集まってくる。するとONEへの出場選手層は厚くなるし、有名選手も移籍してくるようになる。試合のレベルも上がる。すると観客はどんどんONEを見たくなる。有名選手や応援したい選手が増えることは観客にとってのONEの価値を上げる。そうなれば資金力もネームバリューも拡充され、在野や他団体の選手もONEに目を向けるようになり、尿比重測定に伴う健康リスク低減も相まって、ONEで戦う選手がまた増える。すると観客もまた増える。…といった具合である。

実際ONEは尿比重測定の導入のみならず選手の医療サポート体制全般に定評がある。複数の日本人選手が、試合後の病院治療の手配の周到さに感謝するコメントをしている。 日本と比べても良いと言わせるくらいなので相応のコストをかけているのだろう。 となればONEは選手の安全や健康に戦略的に投資している可能性が高い。尿比重測定がその一環だとしても何らおかしくないだろう。

なぜツーサイドプラットフォームなのか

ではなぜツーサイドプラットフォームなのだろうか。世の中には数多のマーケティグ戦略があるし、ショーイベントとツーサイドプラットフォームの組み合わせはメジャーではない。なのにONEはなぜツーサイドプラットフォームを採用したのか。
その答えは現在の総合格闘技界の市場環境にあると考える。具体的には「選手の供給過剰」と「チャレンジャー不在」である。

1)選手の供給過剰

総合格闘技の業界トップはアメリカのUFCだ。メインカードの前に前座部門を(ナンバーシリーズなら2段階も)設ける大会を月に複数回開催できるのだからとんでもない選手層の厚さである。UFC出場経験ありというだけで他団体で推されるほどにブランド力も強い。パイオニアが全力疾走し続けた結果だ。
ところがそのUFCとて所属選手の処遇には悩まされている。理由は簡単だ。選手が“つかえて”いるのだ。

UFCの興行はメインマッチを頂点に概ね全12~13試合で組まれる。仮に13試合で計算すると1興行あたりの出場選手は26人。年間30大会開催するとして年間のべ780人が試合に出場することになる。
こう聞くとかなりの選手を捌けそうに聞こえるが、実は違う。まず選手は年間に2~4試合する。つまり1年間で試合に出るのべ780人はその1/2~1/4の人数で構成されている。間をとって1/3なら260人しかいないことになる。
これでもまだ多そうに感じるなら階級の概念を思い出してほしい。UFCでは男子8階級+女子4階級=計12階級を設けている。従って260人と言っても1階級当たり平均21.66人しか選手を抱えられないことになる。
これは少ない。日本だけでも総合格闘技ジムは3桁はあるだろうに、世界中のジムからの選手の“供給”を捌くには到底足りない。毎月複数回の大会を開けるUFCをもってしても、だ。

つまり総合格闘技業界は、業界トップのUFCが非常に強い地位を築いている一方で、選手の供給過剰に陥っており、有名・有望な選手でもUFCからリリースされたり、非UFC系でも十分強い選手が在野にいる可能性が高い。そのため選手にとって魅力的な条件を提示することは、大物を獲得できる可能性を上げる。従って選手優遇を起点とするツーサイドプラットフォームはこの環境をうまく利用できる妙手と言える。

2)チャレンジャー不在

ここで言うチャレンジャーとは「コトラーの競争地位戦略」を念頭に置いている。これは簡単に言うと;
・ある市場の中でプレイヤー企業は4つに大別できる。
・1つ目は「リーダー」。市場を牽引し、その市場の基準や定石を作る者。基本的に1社。
・2つ目は「チャレンジャー」。リーダーに挑む対抗馬。リーダーと同じ市場を狙うが、リーダーがやっていない戦略を打つ。
・3つ目は「ニッチャー」。リーダーと同じ戦略をとるが、リーダーの手が及んでいない特殊または小規模な市場を狙う。
・4つ目は「フォロワー」。戦略も市場もリーダーのコピー。独自性もプライドもあったものじゃないが、オコボレGetに徹するため資金効率が良い。

総合格闘技業界において現状のリーダーは間違いなくUFCである。そしてそれ以外の団体に有力なチャレンジャーがいない。2番手Bellatorや3番手PFLはいずれも「UFCみたいなこと」で二匹目のドジョウを狙うフォロワーだ。日本のRIZINはやや路線が違うが展開がグローバルではないのでせいぜいニッチャーだろう。つまりこの市場にはプレイヤーはたくさんいるがチャレンジャーが不在だった。
従ってグローバル展開をするONEがチャレンジャーとして振舞う覚悟を決め「UFCと違うこと」をやることは、理に適ったこととして市場に歓迎される。具体的には思惑通りに目立つ地位を築くことができる。ONEのツーサイドプラットフォーム構築にはこういった市場環境も影響している。

ONEの課題

このようにツーサイドプラットフォームで合理的に事業を進めているONEだが、その戦略は決して盤石でも万能でもない。選手優遇起点のツーサイドプラットフォームで高められる価値には限界があるからだ。
理由は単純。UFC同様、早晩選手を捌ききれなくなるため。
従って有力・有望な選手がある程度集まったら、違う戦略にシフトしていく必要がある。

では違う戦略とは何だろうか。それはUFCが打てない施策を有効に打ち、名実ともにUFCへのチャレンジャーになることである。
キイになるのはUFCはじめ世界の多くの団体が採用している「ユニファイド・ルール」だ。詳細は割愛するが、現在アメリカで総合格闘技の興行を打つにはこのルール(試合形式)に則らないといけない。そしてそのルールを作ったのは他でもないUFCだ。UFCにとってユニファイド・ルールは生命線でもあり呪縛でもある。ONEはこのユニファイド・ルールの裏をかくのが上策だろう。
そうして見ると、ONEがやっている「興行ごとにリング戦とケージ戦が混在」「オープンフィンガーグローブを付けたキックボクシング部門の挿入」は理に適っているように見える。

ONEはかつて確かに烏合の衆だった。しかし今となっては他社ではなかなかできない大胆な打ち手でチャレンジャーになろうとしているのも事実。そしてそのキイとして周到な事業戦略が垣間見えるように思う。というのが今回の話。
格闘技もビジネスも原則として頭のいい奴が勝っていく。これからのONEの施策に注目したい。