だいぶ間が空いてしまったし、前回予告したことととも全然違うのだけど、今日はこのテーマについて考えてみたいと思う。
格闘技選手の多くが以前から「格闘技をメジャーにしたい」と言っているからだ。
メジャーにしたいと言っているということは、現状はメジャーではないということになる。
ではメジャースポーツとはそもそも何なのだろうか。どうやったらなれるのか。なぜメジャースポーツを目指すのだろうか。格闘技というスポーツは本当にメジャーを目指した方がいいのだろうか。そんなことを考えたい。
全3回を予定しているうちの初回に当たる今回は「メジャースポーツって何?」「どうなったらメジャースポーツになれるの?」ということから考えたい。
メジャースポーツとは?
メジャースポーツという言葉の定義ははっきり言ってない。
それでも道行く人にメジャースポーツとは何かと尋ねれば、恐らく「野球とサッカー」という回答が多いだろう。
一見それで議論終了のようにも思えるが、しかし例えばアメリカでこれを訊けばほぼ間違いなく“4大スポーツ”が回答される。彼らの言う4大スポーツとは、野球・アメフト・バスケットボール・アイスホッケーだ。
またインドで同じ問いをすれば確実にクリケットが入ってくる。
逆に外国人から日本人に対しては「あれ?日本なら相撲じゃないの?」と訊かれることもあるだろう。
従って「メジャースポーツとは何か?」という問いの答えは、特定の種目ではなく、地域を区切った上で何らかの条件を満たすものだと考えられる。
で、上述のメジャースポーツに共通する点をやや強引にピックアップすると「収入が大きいこと」「競技人口が多くて広いこと」「認知度が高いこと」の3点が浮き上がってくる。
例えば先に挙がった相撲は認知度も高く収入も高いが、競技人口の面で他のスポーツに劣る。またマラソンは認知度も高いし競技人口でも申し分ないが、選手の収入は決して高くない。よっていずれもメジャースポーツではないと言える。
この3要素で論じることが正しいか、客観的に検証のしようはないが、皆さんの感覚とは概ね合うのではないかと思う。
格闘技選手はなぜメジャースポーツ化を口にするのか?
ではそのメジャースポーツになると何が良いのだろうか?何が競技者を「自分のスポーツをメジャーにしたい」と思わせるのだろうか?
これを考える上では「マズローの欲求階層」を参照したい。
マズローの欲求階層とは、アメリカの心理学者マズローが提唱した考え方で、人間は絶えず成長(今より良くなりたいと思うこと)を求めているという仮定のもと、その欲求には種類と段階がある、というものだ。
簡単に言うと以下の5種類があり、①→⑤の順に充足を求める、という考え方だ。;
①生理的欲求:とにかく生き延びたい。衣食住に困らないようになりたい。
②安全の欲求:安全に暮らしたい。衣食住を高いレベルで満たしたい。
③社会的欲求:何かに所属したい。生きていく仲間がほしい。
④承認欲求:他者に認められたい。特に所属している組織の中で認められたい。
⑤自己実現欲求:自分だけがやれることを見つけて実行したい。
この考え方に先程のメジャースポーツの条件を当てはめると、収入が高いことは①・②に該当するし、競技人口が多い/広いことは③に該当する。認知度が高いことは④に当たるだろう。
つまり、ある格闘技選手が「自分の競技をメジャースポーツにしたい」と考えることは、実は何も特別なことではなく、その競技で生きていきたいと考えたら自然と出てくる発想に他ならない。
何も高尚な考えからくるものではなく、人間が皆持っている欲求が普通に出てきた結果に過ぎないのだ。
メジャースポーツ化は難しい
となると、格闘技選手の多くがメジャースポーツになりたいと言っているのは、表面的には志だポリシーだと綺麗なモチベーションを語っているかもしれないが、根本的にはシンプルにメジャースポーツになるのが難しいからと考えられる。
そんなに難しいことなのだろうか?
ここでは先に上げたメジャースポーツの3要件のうち、まず「競技人口が多くて広いこと」や「認知度が高いこと」から先に考えたい。この2点については、格闘技というジャンル自体はさほどディスアドバンテージを抱えていないのではないかと思うからだ。
かつてのK-1・PRIDEの隆盛や大晦日格闘技の定着のおかげもあって、格闘技というジャンル自体には一定の認知度がある。もちろんボクシング・キック・MMA(総合)・プロレスなどがないまぜになってしまっている人も多いが、ここは大枠のジャンルとして知られているだけで御の字と考えるべきだろう。野球だってルールをきちんとわかっていない人は多い。
また競技人口についても、野球やサッカーには当然及ぶまいが、柔道やボクシングは中学高校の部活として取り入れられている。関東方面ではそれ以外の格闘技ジムも多く存在する。もしあなたが「格闘技やりたいな」と思った時、通える範囲に何かしらの機会はあるだろう。
選手個人の一般認知度にはやや難ありだが、これを獲得するためには日本だと地上波露出が重要になってくる。その点では今RIZINが何とか地上波放送枠を勝ち取っていることや、一部格闘技種目が五輪に採用されていることは、格闘技全体で見れば大きなアドバンテージだ。放送もされないマイナースポーツなどいくらでもあるのだから。
他方、「収入が高いこと」についてはどうだろうか。
一般的なサラリーマンの生涯年収は2~3億円と言われている。やや強引だがこれを世間一般の基準とすれば、欲求を満たすにはせめてこれと同額の生涯年収が欲しいということになる。承認欲求も踏まえて考えればそれを上回る収入があるのが理想的だ。
この時、サラリーマンが仮に20歳から65歳まで46年間務めるとしたら、生涯年収で2.5億円を稼ぐために必要な年収は単純計算で543万円だ。だがスポーツ選手は45年も務まらない。仮に19歳でプロデビューして38歳で引退するのが典型的なスポーツ選手だとすると、その本業だけで生涯年収2.5億円を稼ぐためには1,250万円の年収が必要になる。世間一般を上回ろうとするなら1,500~2,000万円は欲しいところではないだろうか。デビュー初年から。
マイナースポーツ従事者はこの水準がいかに難しいかすぐにわかると思うが、実際にはメジャースポーツでも厳しい現実が待っている。プロ野球選手の平均年俸は4,189万円(2020年)、サッカーJ1選手は3,446万円(2019年)なので、一見十分満たしているようにも思えるが、中央値を見るとプロ野球で1,500万円程度、サッカーJ1で1,800万円程度とのこと。つまり約半数の選手が、プロスポーツ選手らしい=世間一般の水準を超えた生涯年収を稼げるレベルに至っていないことになる。
もちろんスポーツ選手とて年収は基本的に年齢に伴って上がっていくだろうから、平均値や中央値で一概に語るのは適当でないとは思う。ただそれでも「世間一般水準よりも稼ぐことはメジャースポーツであっても難しい」ということは言っていいだろう。サッカーJ2選手の平均年収は400万円程度と言われている。
というわけで、格闘技がメジャースポーツになる上で最大の課題は収入面ということになる。
むしろ競技人口や認知度が比較的満たされていることは、「あと一歩!」という心理も生むだろうし、マズローに照らして考えれば下位の欲求よりも上位の欲求の方が満たされているアンバランスな状態なのでコンプレックスも生まれるだろう。収入面での充実が余計に問われる構図だ。
だが既述の通りこの収入面での課題はかなりハードルが高い。メジャースポーツでも厳しい現実が垣間見える水準のクリアを格闘技が目指すのは、果たして正しいのだろうか?合理的なのだろうか?
みんなどうしてるの?(→次回に続く)
メジャースポーツになるためには収入面でのハードルが非常に高いことがわかった。
だがここで1つの疑問が浮かぶ。では格闘技以外のマイナースポーツの人はみんな食えていないのだろうか?ということだ。
もちろんそんなことはない。マイナースポーツの選手でもきちんと収入を確保している人は多い。
またこれはスポーツに限らず、演劇や音楽などいわゆる芸事に携わっている人も似たような状況に置かれている。その業界でのメジャーになっていなくても収入や生活を確保している人はいる。
というわけで次回は、格闘技やそれ以外のスポーツや芸事に携わる人や組織が、収入源や生活水準の確保のためにとっている仕組みについて、いくつか事例を挙げてみたい。
今日はここまで。ご閲読ありがとうございました。次回に続きます。
主に格闘技を題材に「戦略」を考察します。
試合での選手の戦略も考えますが、団体や業界の事業戦略も考えます。
格闘技経験(アマ)約30年。陸上競技経験10年。MBAホルダー。実はトリリンガル。現在4か国語目に挑戦(苦戦)中。